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【介護コラム】「お早う」が聴きたくてー第6話ー

【介護コラム】「お早う」が聴きたくてー第6話ー

Yさんと過ごす最後の日、午前中はいつものとおり地域の空き缶回収をしながら、あっという間に過ぎていきました。
午後は全体でお別れ会をすることになっていましたが、「声が聴けないまま今日が終わってしまったら」と考えると、前向きにお別れ会に参加できる自信がありませんでした。

昼休みが終わり、いよいよお別れ会が始まりました。
職員一人一人からはなむけの言葉をもらい、寄せ書きを渡し、ちょっと奮発したおやつをみんなで食べ、会は滞りなく進んでいきました。

私はというと、「いただきます」「美味しいね」「楽しい?」など、合間合間でとにかくYさんに話しかけ続けていましたが、ただの一度も言葉を発してもらうことは叶わず一人消沈していました。

プログラムの締めはYさんの大好きな歌をみんなで歌おうということで、MDにも収録しておいたYさん一番のお気に入り「世界に一つだけの花」を流しました。

あの時の光景は今でもはっきりと覚えています。曲がかかった瞬間、小走りに私の正面に寄ってきたYさんは、じっと私の目を見つめ、なんの言葉も発しはしませんでしたが、満面の笑顔で曲に合わせて踊ってくれたのです。

曲が終わるまでずっとずっと。

私だけの前でぴょんぴょんと跳ねるように、声にならない想いを全身で表現するように、踊り続けてくれたんです。私はただ茫然とその場で立ち尽くすことしかできませんでしたが、解散後に同僚から「ちゃんと想いは届いてたんだね」と言われ、そこでようやく我に返り、時間差でこみあげてきた様々な感情を必死に飲み込みこみました。

Yさんは一体どんな声をしているのか、今でも時々想像しながら、あの時の踊っている姿を思い出しています。

コラム著者/佐近健之 (介護支援専門員・介護福祉士・社会福祉士)
東京都出身。介護現場経験を経て、現在は介護人材の教育を担当しています。
音楽好きのビール党です。
Illustrator/エム・コウノ