【介護コラム】 目と目を合わせて - 第3回- 遠慮の質

スケジュール管理を自分で行うようになって4年。
親にも親の人生があるから、僕に遠慮は無用。自分のことは自分でやらねばと、日々ヘルパーさんのシフト調整と向き合っています。

先日、幼馴染みと久しぶりに電話で話をしました。彼女には視覚障害があります。
今は同じ障害をもった方と縁あって結婚し、幸せに暮らしている。はずなのですが、先のことを不安に感じているような印象を受けました。ヘルパーさんをお願いしたことが無いから、ヘルパーさんのベテランユーザーである僕に、アドバイスを求めての連絡だったようですが、遠慮がちに敬語を使って話すものだから、そんな気がしたのだと思います。

人間同士だから礼儀としての遠慮は必要です。でも距離を感じてしまうような遠慮は、なんだかちょっと切なくなります。匙加減って難しいものですね。

彼女に限らず、障害者同士の小さなコミュニティで生きることに慣れすぎてしまい、新たに人を受け入れることが上手く出来ない人は、結構多くいます。

中学まで普通学校に通っていた僕は、小さいころから、ストライクゾーンは広く、来るものは拒まず、を意識してきたから、人の受け入れにためらいは一切ありません。色んな人に揉まれて、色んな価値観に触れてきたお陰で、ほとんど外出することがなくても、僕の世界は大きく広がっていきました。

だから、今、僕を取り巻く状況を、「面白い」と思うことが出来ています。
彼女にも、彼女のような人にも、今が「面白い」と思ってもらえたらな。

僕でよければいつでも遠慮なく、話をしてください。

コラム原案/安部隼人
障害者の目線から、社内での研修講師をしたり、啓蒙活動のためのレポート作成等を担当しています。
晩酌のお供はカニカマ派です。
Illustrator/エム・コウノ