【介護コラム】勝ち逃げー第8話ー

第8話
Iさんの反応は、全く、想像の向こう側だった。
目が合った途端に顔を背けられるくらいの覚悟はしていたのだが、「おう、どうした」と満面の笑顔で迎えてくれたのである。まるで同じ居酒屋に通う馴染みのツレにでも会ったかのように。
「実は試験を控えていて」と二言三言話をし、「頑張れよ」と見送ってもらった時には、単純な私の心はしっかり躍っていた。何かが変わるような、しかも良い方に変わる予感で満たされていた。
思ったとおり、その後で訪問したケアでは、今までのことがまるで嘘のように、お互い打ち解けていた。
「お前も頑張ってるんだな」「神社で願掛けもしとけよ」と孫の受験を支える祖父のように、その目は優しさで満ち溢れていた。やっとここまで来た。ずいぶん遠回りしたけれど、やっと信頼関係を築くことが出来た。
ケアが終わっても退室するのがなんだか勿体無いように感じるほど、気分が高揚していた。思い切って一歩踏み出すことの大切さを、身を持って体験することが出来た、本当に貴重な一日だった。