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高齢者の誤嚥を防ぐ!原因から予防・対策までを解説

高齢者の誤嚥を防ぐ!原因から予防・対策までを解説

食事中のむせや咳込みは、日常的に起こりうる現象ですが、高齢者にとっては深刻な健康問題につながる可能性があります。

厚生労働省の統計によると、2022年には約5万人が誤嚥性肺炎で亡くなっており、高齢者の健康を脅かす重大な問題となっています。

この記事では、誤嚥の基礎知識から予防法、家族のサポート方法まで、医学的な知見に基づいて詳しく解説します。

誤嚥の発生メカニズム

私たちが日常的に行う「食べる」という行為は、実は複雑な仕組みで成り立っています。加齢とともにこの機能が低下することで、誤嚥のリスクが高まっていきます。

食べ物を認識してから胃に届くまでの過程で、様々な身体機能が関与しており、その一つでも不具合が生じると誤嚥につながる可能性があります。

誤嚥とは何か

 

誤嚥は、食べ物や飲み物、さらには唾液が、本来通るべき食道ではなく、誤って気道に入ってしまう現象です。健康な若い人であれば、むせたり咳き込んだりすることで、自然と気道に入った異物を排出できます。

しかし、高齢者の場合は、この防御反射が弱まっていることが多く、気道に入った異物を十分に排出できないことがあります。この状態が続くと、誤嚥性肺炎などの深刻な健康問題を引き起こす可能性があります。

特に注意が必要なのは、食事中以外にも誤嚥が起こりうることです。就寝中の唾液の誤嚥や、胃の内容物の逆流による誤嚥など、気付かないうちに起きている場合もあります。このような「不顕性誤嚥」は、症状が表面化しにくいため、より深刻な事態を招くことがあります。

嚥下のメカニズム

 

嚥下(えんげ)とは、食べ物を認識して口に入れ、咀嚼し、飲み込んで胃まで運ぶ一連の動作を指します。この過程は以下の4つの重要な段階で構成されています。

 

【準備期】

食べ物を視覚で認識し、香りや温度を感じ取りながら、適切な量を口に運びます。この段階で既に唾液の分泌が始まり、食べ物を処理する準備が整います。

 

【口腔期】

食べ物を歯で噛み砕きながら、舌を使って食塊を形成していきます。唾液と十分に混ぜ合わせることで、飲み込みやすい状態に調整されます。

 

【咽頭期】

形成された食塊を喉の奥へと送ります。このとき、軟口蓋が上がって鼻腔を閉鎖し、喉頭蓋が気管を覆うことで、食べ物が気道に入るのを防ぎます。

 

【食道期】

食道の蠕動運動により食塊を胃まで送り込みます。上部食道括約筋の弛緩と収縮が適切に制御され、重力も利用しながら、安全に胃まで運ばれます。

この一連の動作には、30個以上の筋肉と6対の脳神経が関与する精密な協調運動が必要です。これらの機能が一つでも低下すると、スムーズな嚥下が困難になり、誤嚥のリスクが高まります。

間違いが起こりやすい原因

 

加齢による身体機能の低下が誤嚥の主な原因となります。特に咀嚼や嚥下に関わる筋力の低下、喉頭の感覚低下、咳反射の減弱などが重要な要因です。また、唾液の分泌量が減少することで口腔内が乾燥し、食塊の形成が難しくなることも問題となります。

疾患の影響も見逃せません。脳卒中後の嚥下障害やパーキンソン病による運動機能障害は、誤嚥のリスクを大きく高めます。また、認知症による食事動作の障害や、頭頸部のがんなども重要な要因となります。

薬剤の影響も重要です。睡眠薬による嚥下反射の低下や、向精神薬による意識レベルの低下は、誤嚥のリスクを高める可能性があります。特に高齢者は複数の薬剤を服用していることが多いため、薬剤の相互作用にも注意が必要です。

誤嚥が引き起こす健康リスク

誤嚥は一見、食事中の「むせ」や「咳込み」といった軽い症状に見えますが、高齢者にとっては深刻な健康問題となり得ます。厚生労働省の統計によると、誤嚥性肺炎による死亡者数は年間約5万人に上り、高齢者の死因として看過できない状況となっています。

誤嚥性肺炎について

 

誤嚥性肺炎は、食べ物や飲み物、唾液とともに口腔内の細菌が気管に入り込み、肺で炎症を引き起こす疾患です。健康な人であれば、気道に入った異物を咳で排出する防御機能が働きますが、高齢者はこの機能が低下していることが多く、気付かないうちに肺炎を発症することがあります。

特に高齢者の場合、唾液の分泌量が減少することで口腔内の細菌が増殖しやすい環境となっています。また、寝たきりの状態にある方は、重力の影響で唾液が気道に流れ込みやすく、より注意が必要です。

誤嚥性肺炎の症状は、一般的な肺炎とは異なる特徴を持っています。発熱や咳、痰といった典型的な症状が現れにくく、むしろ食欲不振や全身の倦怠感といった非特異的な症状が中心となることが多いため、早期発見が困難となります。

窒息のリスク

 

窒息は誤嚥による最も緊急性の高い危険性です。食べ物が気道を塞ぐことで呼吸が困難となり、適切な対応がなされない場合、生命の危機に直結します。特に餅やこんにゃく、固い肉類など、咀嚼が難しく喉に詰まりやすい食品での事故が多く報告されています。

窒息の危険性が高まる原因として、高齢者特有の身体変化が挙げられます。加齢による咀嚼力の低下、嚥下反射の遅延、さらには食事中の集中力の低下などが複合的に作用し、窒息のリスクを高めています。

窒息が起きた際の症状は急激に進行します。突然の激しい咳込み、呼吸困難、顔色の変化(チアノーゼ)などが現れ、意識を失う可能性もあります。このため、食事中は常に注意を払い、異変を感じたら即座に対応できる体制を整えておくことが重要です。

不顕性誤飲の危険性

 

不顕性誤嚥は、むせや咳といった明確な症状を伴わない誤嚥のことを指します。特に夜間睡眠中に起こりやすく、本人も周囲も気付かないうちに進行することが特徴です。この状態が継続すると、慢性的な肺の炎症を引き起こし、最終的に誤嚥性肺炎へと発展する可能性があります。

不顕性誤嚥の発生には、加齢による咳反射の低下が大きく関与しています。通常であれば異物が気道に入った際に起こる防御反射が十分に働かないため、少量の唾液や胃液が継続的に肺に流入することになります。

不顕性誤嚥の早期発見のために、以下のような間接的な兆候に注意を払う必要があります:

  • 起床時の微熱や倦怠感
  • 食事量の徐々な減少
  • 原因不明の体重低下
  • 声質の変化や痰の増加

誤飲の予防と対策

誤嚥を防ぐためには、日常生活における予防的な取り組みが不可欠です。食事時の姿勢や食べ物の形状への配慮、定期的な口腔ケア、そして嚥下機能を維持するためのトレーニングなど、複数のアプローチを組み合わせることで、より効果的な予防が可能となります。

食事時の正しい姿勢

 

食事時の姿勢は、安全な嚥下を実現するための基本となります。背筋を伸ばし、やや顎を引いた姿勢を保つことで、食べ物が気道に入りにくくなり、食道へと正しく送り込むことができます。

椅子に座って食事をする場合は、両足を床にしっかりとつけ、背もたれにもたれかかりすぎない状態を保ちます。テーブルの高さは肘が90度に曲がる位置が理想的で、この姿勢により食べ物を口に運びやすく、また誤嚥のリスクも軽減されます。

ベッド上で食事をする場合は、上半身を30~60度の角度に起こすことが推奨されます。完全な水平位置での食事は誤嚥のリスクが高まるため避けましょう。また、食後も30分程度は同じ姿勢を保つことで、胃の内容物が逆流するのを防ぐことができます。

食事形態の工夫

 

食材の形状や調理方法を工夫することで、誤嚥のリスクを大幅に減らすことができます。一口量を小さめにし、食べやすい固さに調整することを基本とします。硬い食材は細かく刻むか、煮込んで軟らかくするなどの工夫が効果的です。

飲み物にはとろみをつけることで、気道への流入を防ぎやすくなります。市販のとろみ剤を使用する場合は、適切な濃度になるよう調整することが重要です。また、温かい料理は適温で提供し、冷たい料理は喉に刺激を与えすぎない温度に調整します。

食事の際は、一口ずつゆっくりと食べることを心がけます。食事に集中できるよう、テレビを消すなど、環境整備も重要です。また、食べ物を口に入れたまま会話をすることは避け、しっかりと咀嚼してから飲み込むようにします。

嚥下体操の方法

 

嚥下機能を維持・向上させるためのトレーニングは、毎日の習慣として取り入れることが効果的です。特に食事の前に行うことで、より安全な食事につながります。

パタカラ体操は、「パ・タ・カ・ラ」とはっきりと発音することで、舌や口の周りの筋肉を鍛える運動です。1日3回、各音を5回ずつ繰り返すことを目安として、声を出すことで喉の筋肉も同時に鍛えることができます。

のど仏の上下運動も効果的なトレーニングです。空嚥下(から飲み込み)を行い、のど仏が上下する様子を意識します。この運動を1日10回程度行うことで、嚥下機能の維持に役立ちます。

口腔ケアの重要性

 

口腔ケアは誤嚥性肺炎の予防に直結する重要な対策です。口腔内を清潔に保つことで、誤嚥した際の細菌感染のリスクを軽減することができます。毎食後の歯磨きはもちろん、義歯の清掃も欠かせません。

歯ブラシによる清掃に加えて、舌苔の除去も重要です。舌の表面に付着した細菌の塊である舌苔は、誤嚥性肺炎の原因となる可能性があります。専用の舌クリーナーを使用することで、効果的に除去することができます。

口腔ケアが難しい場合は、ウェットティッシュや口腔ケア用のスポンジを使用することも有効です。また、唾液の分泌を促すためのマッサージも、口腔内の健康維持に役立ちます。

専門家への相談と支援体制

誤嚥の症状が見られた場合、早期の専門家への相談が重要です。適切な検査と診断により、個々の状況に応じた対策を講じることができます。医療機関での専門的な評価に加え、介護サービスの活用や家族による日常的なサポートを組み合わせることで、より効果的な予防と対策が可能となります。

嚥下機能検査

 

嚥下機能の評価は段階的に行われます。初期段階では、医師や言語聴覚士によるスクリーニング検査が実施されます。この検査では、少量の水を飲む様子を観察し、むせや呼吸の乱れがないかを確認します。

より詳細な評価が必要な場合は、嚥下造影検査(VF検査)が行われます。造影剤を混ぜた食事を摂取しながらX線撮影を行い、食べ物が通過する様子を動画で確認します。この検査により、誤嚥の有無や程度、最も安全に摂取できる食事形態を判断することができます。

また、内視鏡による嚥下機能検査(VE検査)も実施されます。鼻から細い内視鏡を挿入し、喉の状態や嚥下の様子を直接観察することで、より詳細な評価が可能となります。実際の食事場面に近い状態で評価できることが特徴です。

医療機関への相談のタイミング

 

以下のような症状が見られた場合は、医療機関への相談を検討する必要があります。

  1. 食事時間がかなり長くなった
  2. 食べ物が口の中に残りやすくなった
  3. 声質に変化が現れた
  4. 原因不明の発熱が続く
  5. 食欲の低下や体重減少が見られる

 

高齢者の場合、症状が軽度であっても早めの受診が推奨されます。かかりつけ医に相談し、必要に応じて耳鼻咽喉科や歯科、リハビリテーション科などの専門医を紹介してもらうことが望ましいです。

介護サービスの活用方法

 

介護保険サービスを活用することで、誤嚥予防のための専門的なサポートを受けることができます。要介護認定を受けた後、ケアマネジャーと相談しながら、個々の状況に応じた適切なサービスを選択します。

デイサービスでは、専門職による嚥下機能訓練や口腔ケアを受けることができます。また、栄養士による食事指導や、調理方法の助言も受けられます。訪問介護サービスでは、自宅での食事介助や口腔ケアのサポートを提供します。

通所リハビリテーションでは、言語聴覚士による専門的な嚥下リハビリテーションを受けることができます。継続的なリハビリにより、嚥下機能の維持・改善を図ることが可能です。

家族でできるサポート

 

家族による日常的なサポートは、誤嚥予防において重要な役割を果たします。食事環境の整備として、適切な照明や、静かで落ち着いた雰囲気づくりを心がけます。

食事介助を行う際は、高齢者の食事ペースに合わせることが大切です。一度に大量の食事を口に入れることを避け、ゆっくりと確実に咀嚼・嚥下できるよう支援します。

毎日の食事記録をつけることも有効です。食事量や、むせこみの頻度、体調の変化などを記録することで、医療専門家との相談時に具体的な情報として活用できます。また、家族間で情報を共有することで、より適切なサポート体制を構築することができます。

まとめ

誤嚥は高齢者の健康を脅かす重大な問題ですが、適切な予防と対策により、そのリスクを大きく軽減することができます。予防の基本となるのは、食事時の正しい姿勢の維持、食事形態の工夫、定期的な嚥下体操、そして徹底した口腔ケアです。これらの日常的な取り組みを継続することで、誤嚥のリスクを効果的に抑えることができます。

早期発見・早期対応も極めて重要です。むせこみの増加や食欲低下、声質の変化など、気になる症状が見られた場合は、速やかに医療機関への相談を検討する必要があります。専門家による適切な評価と指導を受けることで、誤嚥性肺炎などの深刻な合併症を予防することができます。

医療機関での支援に加えて、介護保険サービスの活用や、家族による日常的なサポートを組み合わせることで、より包括的な予防と対策が可能となります。誤嚥は予防可能な健康リスクです。正しい知識と適切な対策により、高齢者の安全で快適な食生活を支えていきましょう。