スピーチロックとは?利用者への影響や介護・看護現場での対応策について解説

介護や看護の現場で「スピーチロック」という言葉を聞いたことはありませんか?
スピーチロックとは、言葉で相手の行動や言動を制限する行為です。
介護施設の利用者がスピーチロックを日常的に受けると、精神や身体に悪影響を及ぼす可能性が高いです。
本記事では、スピーチロックはどのような行為なのか、利用者にどのような影響があるのかについて詳しく解説します。
スピーチロックが起こる原因や防ぐための対応策についても解説しているので、興味のある方はチェックしてみてください。
スピーチロックとは
介護の現場におけるスピーチロックとは、どのような行為のことを指すのでしょうか。
ここでは、スピーチロックとは何か、介護の現場における3つのロックについて解説します。
言葉で利用者の行動を制限すること
スピーチロックとは、言葉によって相手の精神的あるいは身体的な行動を制限することです。
スピーチは言葉、ロックは拘束という意味なので、言葉の拘束という意味になります。
スピーチロックは介護の現場だけでなく、家庭や職場、友人関係、子育てなど、身近な場面でも発生する可能性が高いです。
言葉による制限は目には見えないため、誰でも無意識に行っている可能性があります。
身体拘束の一種になる
スピーチロックは、身体拘束の一種として認識されています。
身体拘束とは、本人の意思に反して体を拘束したり、行動を制限したりすることです。
スピーチロックは身体拘束だけでなく、精神面でも拘束されるため、利用者にとって身体拘束以上の影響があると考えられています。
【介護現場における3つのロックとは】
介護の現場では、スピーチロックを含む次の3つのロックが、身体拘束にあたると定義されています。
- フィジカルロック(身体拘束)
- ドラッグロック(薬物拘束)
- スピーチロック(言葉の拘束)
フィジカルロックは、介護や看護の現場において、利用者の体を物理的に拘束または固定して自由を奪う行為です。
具体的には、ベッドや車椅子にひもで固定したり、ミトン型手袋を使用したりする行為が、フィジカルロックに該当します。
ドラッグロックは、薬の過剰投与や不適切な投与により、利用者の行動を制限する行為です。
これらのロックは利用者の精神や身体に影響があるため、原則として禁止されています。
原則禁止のルールがある
フィジカルロックやドラッグロックと同様に、スピーチロックも介護の現場では原則禁止されています。
これら身体拘束が許可されるのは、緊急のやむを得ない状況でのみです。
厚生労働省では、身体拘束廃止・防止の実現に向けて、次の4つの基本方針を掲げています。
- 組織一丸となった取り組みの重要性
- 身体拘束を必要としないケアの実現
- 本人・家族・施設や事業所等での共通意識の醸成
- 常に代替的な方法を考えることの重要性
スピーチロックは、利用者の尊厳を侵害する行為です。
虐待につながるおそれがあるので、介護の手段として望ましい行為ではありません。
【やむを得ない状況とは】
先述のとおり、緊急でやむを得ない場合のみ、スピーチロックは許可されます。
厚生労働省が定めている、身体拘束の3要件は次のとおりです。
- 切迫性:利用者本人または他者の生命、または身体が危険にさらされる可能性が著しく高い
- 非代替性:身体拘束以外のほかに代替する介護方法がない
- 一時性:身体拘束は一時的なものである
これらの要件をすべて満たす場合のみ、やむを得ない状況に該当します。
なお、留意事項として、担当の職員個人ではなく、施設全体で判断すること、本人や家族に対して十分に説明し理解を得ること、介護記録を作成することが義務付けられていることも把握しておきましょう。
スピーチロックになる言葉の具体例
スピーチロックに該当する、具体的な言葉の例をいくつか紹介します。
- 「ちょっと待って」
- 「座って」
- 「大人しくして」
- 「動かないで」
- 「食べないで」
- 「やめて」
- 「なぜそんなことするの」
普段何気なく使ってしまいやすい言葉が含まれていますが、これらの言葉はすべてスピーチロックです。
行動を禁止する言動や、叱咤する言動など、利用者が行動を制限されたと感じる場合は、どのような言葉でもスピーチロックになります。
スピーチロックによる利用者への影響
介護職員がスピーチロックを続けてしまうと、利用者にどのような影響があるのでしょうか。
言葉による拘束がもたらす影響について解説します。
行動意欲の低下
スピーチロックによる身体や精神への過度な制限が続くと、怒られることがストレスになり、行動意欲が低下するおそれがあります。
行動意欲がなくなってしまうと、ADLも低下してしまうかもしれません。
ADL(Activities of Daily Living)とは日常生活動作のことです。
スピーチロックによって行動意欲が低下してしまうと、食事、着替え、入浴、排泄などが困難になり、自立した生活が送れなくなってしまう可能性があります。
認知機能の低下
認知機能に問題がある場合、スピーチロックを受けてしまうと、言われたことを忘れてマイナスな感情だけが残ってしまいます。
怒られたり無視されたりしたことにより、介護職員を拒否してしまうかもしれません。
他者から攻撃されていると思い込む被害妄想は、認知症の代表的な症状です。
スピーチロックによるストレスが、認知症の症状を悪化させてしまう可能性があります。
要介護度の悪化
スピーチロックにより行動が制限されてしまうと、自分の意思を伝えることが難しくなります。
自ら行動することを諦めてしまうため、介護職員に依存してしまう可能性も高いです。
スピーチロックは、利用者の心や体を傷つけ、身体機能や認知機能の低下を引き起こす可能性があります。
結果的に、要介護度が上がってしまう可能性もあるでしょう。
信頼関係の崩壊
スピーチロックを行った場合、利用者と対等な関係を築くことができなくなります。
一度でも信頼関係が崩れてしまった場合は、その後のコミュニケーションに大きく影響を及ぼすでしょう。
また、介護職員と利用者に信頼関係が成立していない状況では、円滑な介護が実施できなくなるおそれがあります。
利用者を一人の人間として、尊重したり敬意を持って接したりすることが大切です。
スピーチロックが発生する原因
そもそも、スピーチロックはなぜ起こるのでしょうか。
介護や看護の現場で、スピーチロックが発生する原因について解説します。
人手不足による介護職員への負担の増大
スピーチロックが起こるのは、介護業界の深刻な人手不足が影響しています。
職員一人にかかる作業負担の増大により時間に余裕がなくなるため、言葉遣いなどの配慮が難しくなるからです。
介護業界では、2025年までは約5万人、2040年までは毎年約3万人の人手が不足するといわれています。
人手不足が解消され、利用者に対して介護職員が時間をかけて対応できる状況であれば、職員への負担が大きいことによるスピーチロックを防げる可能性が高いです。
出典:厚生労働省「第8期介護保険事業計画に基づく介護職員の必要数について」
転倒リスクの高い利用者の行動
車椅子から立ち上がろうとする、支えがないとふらついてしまうのに一人で歩こうとするなど、転倒リスクの高い利用者の行動により、咄嗟にスピーチロックとなる言葉が出てしまうこともあります。
高齢者が介護施設で転倒してケガを負った場合、責任を取るのは介護施設や事業者です。
たとえ転倒リスクのある利用者でも、強い言葉で行動を制限してしまうのはスピーチロックに該当します。
利用者の立ち上がりたいという意思を尊重しながら、スピーチロックにならない声かけの配慮が必要です。
職員の知識不足
介護職員の知識不足により、スピーチロックだと認識せずにスピーチロックに該当する言葉を使用しているケースもあります。
介護の現場でスピーチロックという言葉を聞く機会が増えたのは、ここ15年ほどです。
使われ始めた時期は不明ですが、スピーチロックになる言葉や、利用者への影響を正しく理解していない職員もいます。
知識不足によるスピーチロックの使用を防止するためには、職場内での知識の共有が必要といえるでしょう。
慣れによる緊張感の欠如
利用者と職員が親しい関係になることで、慣れにより相手への配慮を怠るケースもあります。
最初は敬語で話していても、緊張感が薄れるとラフな言葉遣いになりやすいです。
利用者に対する扱いが雑になると、ついスピーチロックにあたる言葉を使ってしまう場合があります。
毎日顔を合わせていると緊張感はなくなっていきますが、利用者と職員という関係性であることを忘れずに、適度な距離感と敬意を持って接するようにしましょう。
高齢者心理の理解不足
利用者の心理状態を把握していない場合も、スピーチロックを使用する可能性が高くなります。
例えば認知症の症状で何度も聞き返してしまう場合、伝わらないことにイライラして、言葉が強くなりやすいです。
スピーチロックが利用者に与える影響の見出しでも解説しましたが、認知症などの精神疾患を患っている利用者に対してスピーチロックをしてしまうのは、症状の悪化につながります。
利用者の心理を正しく理解し、適切な対応をとることを心がけましょう。
スピーチロックを防ぐための対策
スピーチロックは、どうすれば防げるのでしょうか。
ここでは、スピーチロックを防ぐための対応を紹介します。
相手の立場を思いやる
スピーチロックを防ぐためには、相手の立場になって考えることが大切です。
自分がされて嫌だと感じる声かけは、するべきではありません。
相手がどんな気持ちになるか想像してから、声をかけるようにしましょう。
言葉を言い換える
利用者に対して声かけをする際に、スピーチロックにならない言い換えの表現を活用しましょう。
言い換えるだけでなく、明るい表情で伝えることも大切です。
声かけのポイントは、あいまいな表現は使わずに、具体的に表現することです。
【言い換えの表現例】
スピーチロックに該当する声かけの言い換え表現例を、いくつか紹介します。
- ちょっと待って:後〇分待ってもらえますか
- 立ってください:一緒に少しずつ動きましょう
- 早くしてください:自分のペースで大丈夫ですよ
- 座ってて:立つと危ないので、座っていただけますか
- ダメです:どうされましたか
- まだ寝ていてください:〇時に起こしますね
スピーチロックの言い換え表現を、職員の目につきやすい休憩室に掲示するのも効果的です。
命令や指示にならない声かけを目指しましょう。
学びの機会を設ける
職員がスピーチロックに関する勉強会や研修会に参加して、知識を習得する機会を設けることも大切です。
定期的に開催すれば、職員のスピーチロックに対する理解度アップが期待できるでしょう。
特定の職員だけでなく、全職員が共通の意識を持つことが重要です。
適切な人員の配置
職員が担当する一人ひとりの利用者に適切なケアを行う時間をつくるために、適切な人員配置を検討することも、スピーチロックの予防になります。
ただし、職員の数を増やすだけでは問題が解決しません。
人員が不足している場所を把握した上で、ピンポイントで人員を配置することが大切です。
職員が相談しやすい環境をつくる
人手不足によるスピーチロックを防止するためには、職員が悩みを気軽に相談できる窓口が必要です。
現場の声が上に届いていない状況では、適切な人員配置が難しくなります。
介護現場の状況を把握するために、職員が相談しやすい環境を整えましょう。
介護の現場にふさわしい言葉遣いとは
介護職には、どのようなスキルが必要なのでしょうか。
スピーチロックを防ぐために、介護職として心がけたい言葉遣いのマナーを解説します。
基本的には敬語で話す
介護の現場では、家族や利用者に対して敬語を使用するのが基本となります。
特に、次のような言葉や口調にはならないように気を付けましょう。
- タメ口
- 赤ちゃん言葉
- 脅し文句
- 命令口調
- ニックネーム
- 若者言葉
- 専門用語
表面上は丁寧な言葉を使用していても、相手にとっては威圧的に感じる場合があります。
相手を不快にさせないために、柔らかい口調で話すことを心がけましょう。
普通語はなるべく使用しない
介護の現場では、普通語を使用するケースが少なくなります。
普通語とは、親しい友人や家族とのやり取りで使用される言葉で、介護の場面にはふさわしくありません。
利用者と普通語で会話するリスクは、次のとおりです。
- 尊厳を傷つけるおそれがある
- 家族や関係者を不快にさせる
- エスカレートすると虐待になる
- 介護職の評価が低下する
利用者や家族から普通語で接してほしいと希望された場合は例外ですが、トラブルを防ぐために、基本的には普通語は使用しないようにしましょう。
尊敬語・丁寧語・謙譲語を正しく使う
介護職が使用する機会の多い敬語ですが、尊敬語と丁寧語、謙譲語を正しく使い分けることが大切です。
尊敬語と丁寧語、謙譲語の言い換え表現を表で確認しましょう。
動作 | 尊敬語 | 丁寧語 | 謙譲語 |
言う | おっしゃる、言われる | 言います | 申す、申し上げる |
行く | 行かれる、いらっしゃる、おいでになる、お越しになる | 行きます | うかがう、参る |
来る | いらっしゃる、おいでになる、見える、お越しになる | 来ます | 参る、伺う |
食べる | 召し上がる、おあがりになる | 食べます | いただく、頂戴する |
座る | お掛けになる | 座ります | お座りする、座らせていただく |
尊敬語は、相手の行動や立場を高めて敬意を示す言葉遣いです。
介護では施設の利用者や家族など、目上の方に対して使用されます。
丁寧語は、礼儀正しい言葉に置き換えた言葉遣いです。
介護では、利用者や職員同士など、どのような場面でも使用できます。
謙譲語は、自分を相手よりも低くして、相手を敬う言葉遣いです。
介護では、自分のことや同僚、自分や同僚の動作に対して使用します。
クッション言葉を活用する
利用者に頼みごとをしたい場合は、クッション言葉を活用するのがおすすめです。
クッション言葉とは、本題に入る前に使用する言葉のことで、枕詞とも呼ばれています。
クッション言葉の一例を、表で確認していきましょう。
使用できる場面 | クッション言葉 |
頼みごとをする | ・恐れ入りますが ・お手数ですが ・差し支えなければ |
断る | ・あいにくですが ・せっかくですが ・申し訳ございませんが |
質問する | ・よろしければ ・失礼ですが ・おうかがいしたいことがあるのですが |
このように、本題に入る前にワンクッション置くことで、言葉の印象を柔らかくすることができます。
利用者だけでなく同僚にも使用できるので、クッション言葉を活用して、円滑なコミュニケーションを目指しましょう。
スピーチロックに関するよくある質問
最後に、スピーチロックに関するよくある質問に回答していきます。
スピーチロックをしている職員を見つけた場合は?
もしも、職場の同僚がスピーチロックをしている場面に遭遇した場合は、その場で注意するのが得策です。
後で伝えてしまうと、どの言動がスピーチロックにあたるのか理解できず、聞き流されてしまうおそれがあります。
同僚との関係が悪化する可能性があって注意しにくい場合は、上司に相談してみるのもよいでしょう。
見て見ぬふりをするのが一番問題です。
スピーチロックが当たり前にならないように、勉強会を開くなどして、禁止行為であることを職場に周知することもおすすめです。
スピーチロックが職員に与える影響は?
スピーチロックの影響を受けるのは、利用者だけではありません。
利用者との信頼関係が損なわれることで業務に支障が生じたり、職場の雰囲気が悪くなったりします。
職員の士気が低下すれば、離職率が上がってますます人手不足が加速してしまうでしょう。
スピーチロックは、利用者と職員の双方に悪影響がある行為だといえます。
どうしてもイライラしてしまう場合は?
利用者にイライラしてスピーチロックをしてしまいそうになったときは、怒りをコントロールするアンガーマネジメントを実行してください。
有名なのは、心の中で6秒間唱えることです。
怒りを感じてすぐの突発的な言動を防ぐことができます。
イライラの原因が職場環境にある場合は、上司に改善できないか相談してください。
人手不足が続くと、ストレスがたまってイライラしやすくなります。
アンガーマネジメントで改善しない場合は、シフトを変更するなどの対処が有効です。
まとめ
今回は、介護の現場で発生しやすいスピーチロックについて詳しく解説しました。
「ちょっと待ってて」や「動かないで」など日常的に使用されやすい言葉も、職員からの一方的な指示になるため、スピーチロックに該当してしまいます。
スピーチロックは、体をベッドや車椅子に縛りつける、身体拘束と同等の行為です。
利用者の身体や精神に影響があるため、特別な事情がない限り、介護の現場で使用するのは禁止されています。
スピーチロックを防ぐためには、職員自身の意識改善と、介護施設側の環境整備が必須です。
スピーチロックが発生してしまう原因を見極めて、適切な対処を選択してください。
利用者の尊厳を守るためにも、日々の言動を見直すことが大切です。