雇用契約書をもらえないのは違法?労働者が取るべき正しい対処法とリスク解説
「雇用契約書をもらえないのは問題ないの?」と不安に感じてしまうケースが見られます。
ですが、雇用契約書をもらえないケースは珍しくないため、気になる場合はあらかじめ雇用契約に関する知識を押さえておくべきでしょう。
そこで本記事では、雇用契約書がもらえないことの違法性とリスク、記載される内容や労働条件通知書との違いについて解説していきます。
雇用契約書がもらえない場合の対処法も解説しているので、ぜひ最後までご覧ください。
雇用契約書がもらえないのは違法?
雇用契約書がもらえないと不安になりますが、実はそれ自体がただちに違法となるわけではありません。
ただし、企業には法律で定められた「労働条件を明示する義務」があります。
「雇用契約書とは何か?」に加えて、法律で発行が義務付けられている「労働条件通知書」との違いや、法的なルールについて解説していきます。
雇用契約書とは?
雇用契約書は、労働者と雇用主が労働条件について互いに合意したことを証明するための書類です。
一般的に、給与や勤務地、労働時間、仕事内容といった、働く上で欠かせない情報が明記されています。
労働契約の内容を明確にし、双方が署名または記名押印する点が雇用契約書の特徴です。
労働者と雇用主それぞれで、1通ずつ保管します。
雇用契約書がもらえなくても違法とはいえない
実は、雇用契約は書面がなくても口頭の合意だけで法的に成立します。
したがって、企業から雇用契約書が発行されなくても、それ自体を法律違反だと断定することは難しいのが現状です。
ただし、口約束だけでは労働条件などを巡って後々トラブルになる可能性があります。
そうした無用な争いを避けるため、契約内容を明確にした書面を作成することが強く推奨されています。
労働条件通知書は雇用主に発行の義務がある
雇用契約書とは異なり、「労働条件通知書」の発行は、労働基準法により雇用主に義務付けられています。
企業は労働者に対し、賃金や労働時間などの重要な労働条件を、原則として書面で明示しなければなりません。
2019年4月より電子化での明示も可能になりましたが、発行が義務付けられている点に変更はありません。
労働条件通知書とは?
労働条件通知書とは、企業が従業員に対し、給与や労働時間といった働く上での条件を伝えるための書類です。
記載すべき内容は法律で決まっています。
これは企業からの一方的な「通知」なので、受け取る従業員の署名や押印は必要ないのが特徴です。
雇用契約書と労働条件通知書の違い
雇用契約書と労働条件通知書の違いで明確なのは、「双方の合意があるか」です。
労働条件通知書が雇用主からの一方的な「通知」であるのに対し、雇用契約書は労使双方が内容に「合意」した証として署名・捺印を交わします。
そのため、雇用契約書のほうが、合意内容の証明としてより強い効果を発揮します。
パートやアルバイトの場合は?
パートやアルバイトの場合でも、労働条件通知書は発行されます。
労働条件通知書の対象はパートやアルバイトも含む全従業員で、雇用形態は関係ありません。
雇用主が、労働条件通知書の発行義務を負う点も同様です。
雇用契約書については義務とされていませんが、トラブル防止の観点から見れば、書面で取り交わしておくことが望ましいといえるでしょう。
書面による明示義務違反には罰則あり
雇用契約書は作成しなくても違法とはならないため、労働条件通知書のみで労働条件を明示する企業も珍しくありません。
雇用契約書を作成せず、労働条件通知書の発行も怠ってしまうと、労働条件明示義務違反に当たるおそれがあります。
労働条件通知書の不発行を含む、労働条件の明示義務に違反した雇用主には、労働基準法に基づき30万円以下の罰金が科されます。
雇用契約書をもらえるタイミング
雇用契約書には作成義務がないため、受け取れるのかどうか分からず、不安になってしまうケースがあります。
実際に雇用契約書をもらえるタイミングとしては、内定日や入社日が多いです。
雇用契約書が渡される形式はさまざまですが、以下のポイントを押さえておくと、不安に感じる機会も減らせるでしょう。
労働条件通知書と合わせてもらうのがおすすめ
雇用契約書は、労働条件通知書と合わせてもらうのがおすすめです。
労働条件について労使双方が合意した証になるため、想定外のトラブル防止につながります。
労働条件通知書が渡されるのは、労働契約を締結するタイミングです。
具体的には、以下のようなケースが挙げられます。
- 内定日または入社日
- 契約の更新日
- 労働条件の変更があった日
労働条件通知書と兼ねるケースもある
実務上、「雇用契約書 兼 労働条件通知書」のように、1枚の書面で両方の役割を兼ねるケースも見られます。
書面のフォーマットに規制はないため、このような形式をとっていても問題はありません。
労働条件通知書として法的に必要な項目が記載されており、かつ署名欄があれば、双方の合意を示す契約書としても有効に機能します。
雇用契約書に記載される内容とは
雇用契約書には、給与や労働時間、休日といった働く上での重要なルールを記載するのが一般的です。
ここでは、契約書に記載される具体的な項目と、書面を前にしたときにチェックしておきたいポイントについて解説していきます。
労働条件通知書と同様のケースが多い
雇用契約書が作成される場合、労働条件の合意を示すという書面の性質から、記載される内容は労働条件通知書とほぼ同じであることがほとんどです。
個別のケースとして、企業独自のルールや、より詳細な取り決めが追加で記載されている場合もあります。
必ず記載される項目
労働条件を明示する書類には、必ず記載する項目が定められており、それらを「絶対的明示事項」と呼びます。
絶対的明示事項に含まれる項目は、以下のようなものです。
- 契約期間
- 契約更新の基準
- 就業場所
- 業務内容
- 始業・終業時刻
- 残業の有無
- 休憩時間
- 休日と休暇
- 交代勤務に関する事項
- 賃金の決定・計算方法
- 退職に関する事項
パート・アルバイトで必要な項目
パートやアルバイトの場合は、上記の必須項目に加え、以下の項目も記載することが義務付けられています。
- 昇給の有無
- 退職手当の有無
- 賞与の有無
- 相談窓口について
必要に応じて記載される項目
絶対的明示事項とは別に、企業が必要に応じて記載する「相対的明示事項」もあります。
相対的明示事項に含まれる内容は、以下のようなものです。
- 退職手当
- 賞与
- 最低賃金
- 休職
- 労働者が負担する食費、作業用品費など
- 安全衛生
- 災害補償、傷病補助
- 表彰、制裁
- 職業訓練に関すること
特にチェックしておきたい項目
実際に、雇用契約書や労働条件通知書などの書面を前にしたとき、特にチェックしておきたい項目について解説します。
具体的なポイントは以下のとおりです。
【労働の契約期間】
在職中に転職活動をする際、入社日の調整はトラブルの元です。
現職の引き継ぎなどを考慮すると、転職先の希望日に合わせられないこともあります。
双方に迷惑をかけないためにも、書面で入社日をしっかり確認し、早い段階で現実的な日程をすり合わせておきましょう。
【就業場所】
実際に自分が働く場所がどこになるのかを確認します。
本社所在地と異なる支店や店舗での勤務が想定される場合は、その旨が明記されているはずです。
将来的に転勤が想定されるか、また想定される場合の範囲はどこまでか、なども併せてチェックしておくことが求められます。
【賃金の計算方法】
賃金については、月給制か年俸制か、基本給はいくらかをまず確認します。
加えて、歩合や手当の支給条件もチェックしましょう。
部署によっては条件が異なるケースもあるので注意が必要です。
賞与に関しては、支給の有無だけでなく、具体的な支給条件も記載がなければ質問することをおすすめします。
【残業時間】
時間外労働(残業)の有無や、労使間の取り決めである「36協定」について記載があるかを確認します。
固定残業代制度を採用している場合は、それを超える残業が発生した際の割増賃金が別途支払われる旨が明記されているかも確認すべき重要なポイントです。
【休日・休暇】
年間休日数や、土日休み、シフト制といった休日のルールを確認します。
また、有給休暇が付与されるタイミングや日数、夏季休暇や慶弔休暇などの特別休暇もチェックポイントです。
どのような取り決めがあるのかをチェックしておくことで、後のトラブルを防げます。
【退職に関する事項】
自己都合で退職する場合の手続き(いつまでに、誰に届け出るか)や、解雇され得る場合の事由などが記載されています。
特に退職の申し出時期は、民法上は2週間前ですが、企業の就業規則で「〇カ月前」と記載されているケースも多いので確認が必要です。
雇用契約書の内容は交渉で変更可能
提示された雇用契約書の内容に疑問点や納得できない点があれば、署名する前に交渉することが可能です。
記載された内容が、求人票や面接で認識していた条件と異なる場合は、必ず確認しておきましょう。
自己都合による変更の申し出も可能ですが、自身のイメージを損なう場合もあるので、企業側には慎重に相談すべきでしょう。
雇用契約書を作成してもらうメリット
書面で雇用契約を交わすことは、労働者にとってもメリットのある行為です。
ここでは、雇用契約書を作成してもらうことの具体的な利点を解説していきます。
雇用条件をより明確にできる
雇用契約書には決められたフォーマットや記載事項がないため、独自のルールやより詳細な取り決めを追加で記載することが可能です。
雇用契約書を交わすことで、給与・労働時間などの労働条件がより詳細化されて明確になる可能性があります。
互いに合意があったことを証明できる
雇用契約書は、記載された条件について労使双方が納得し、合意したことの法的な証拠となります。
万が一、給与の未払いや不当な解雇といったトラブルが発生した際に、自分の権利を守るための客観的な証明として企業側に提示することが可能です。
労働条件通知書だと合意があったことまでは証明できないので、トラブルの内容によっては泣き寝入りしなければならない事態もあり得ます。
雇用契約書がもらえない場合に想定されるトラブル
雇用契約書もなく、労働条件通知書も発行されない場合、どういった悪影響が考えられるのでしょうか。
具体的なトラブル事例を見ながら、労働者が負うリスクについて解説していきます。
試用期間のルールが異なる
労働条件の明示がない場合、「試用期間なので給与は安い」と後から言われたり、不当に長い試用期間を設定されたりと、想定外の不利益を被る可能性があります。
ルールがあいまいなまま働くことになり、労働者が不利な状況にも置かれかねません。
退職・解雇のルールが異なる
労働条件の明示がない場合、退職の申し出をいつまでに行うべきか、あるいはどのような場合に解雇となり得るのかが不明確なままです。
これにより、円満な退職が難しくなったり、突然の解雇通告に対して正当性を主張できなかったりと、深刻なトラブルに発展するおそれがあります。
聞いていた労働条件と異なる
面接で聞いていた労働条件が、業務を開始したらまったく違っていたというトラブルも考えられます。
雇用契約書という客観的な証拠がないため、問題を指摘しても「最初からこの条件だった」と主張され、泣き寝入りせざるを得ない状況に陥りがちです。
水掛け論になり問題が解決しない
雇用契約書がない場合、労働条件に関するトラブルが発生しても、言った・言わないの「水掛け論」になってしまいます。
労働審判や裁判に発展した場合でも、合意内容を証明する客観的な証拠がないため、労働者側が自身の正当性を立証するのは極めて困難です。
実際の雇用主が分からない
面接した企業と実際に雇用契約を結ぶ企業(給与を支払う企業)が異なった事例が、過去にありました。
契約書がないと、自分が法的に誰に雇われているのかが分からず、トラブル発生時に誰に責任を問えばいいかが不明確になるおそれがあります。
雇用契約書を用意しない場合に雇用主側が負うリスク
雇用契約書の不備は、労働者だけでなく雇用主側にも多くのリスクをもたらします。
ここからは、契約書を用意しない場合に想定される、雇用主側の具体的なリスクについて解説していきましょう。
従業員の信頼を得られない
法律で義務付けられた労働条件通知書すら発行せず、雇用契約書も用意しない企業は、従業員から「コンプライアンス意識が低い」「人を大切にしない」と見なされるでしょう。
従業員の不信感はエンゲージメントの低下を招き、早期離職につながる要因となります。
試用期間のない契約になるおそれがある
試用期間のルールを書面で明示・合意しないことのリスクは、法的な争いになった際に「試用期間の合意はなかった」と判断されてしまうことです。
その結果、入社直後から本採用と同じ扱いで雇用したことになり、企業側が想定していた雇用管理ができないおそれがあります。
転勤・配置転換ができないおそれがある
「転勤や配置転換を命じることがある」という旨を雇用契約書で合意していないと、従業員に業務命令としてそれらを強制することも難しくなるでしょう。
従業員が拒否した場合、命令の正当性が認められず、企業の人事戦略に大きな支障をきたすおそれがあります。
固定残業代が認められないおそれがある
固定残業代制度は、基本給と残業代部分が明確に区分され、労働者の個別合意があって初めて有効になります。
この合意を書面で残していない場合、制度全体が無効と判断されるリスクが高いです。
結果的に、企業は未払いの残業代の支払いを命じられることになり、想定していない不利益を被る可能性があります。
雇用契約書をもらえないときの対処法
雇用契約書がもらえずに不安な場合でも、感情的に行動するのは得策ではありません。
ここでは、雇用契約書をもらえない場合の対処法について、具体的に解説していきます。
雇用契約書をもらえるよう依頼する
まずは直属の上司や人事担当者に、「雇用契約書をもらえないでしょうか」と丁寧にお願いしてみましょう。
単に発行を忘れているだけのケースも考えられるため、穏やかに依頼することで解決できる可能性があります。
労働条件通知書の確認をしておく
雇用契約書がなくても、法的に義務付けられている「労働条件通知書」は発行されているはずです。
まずはその内容を確認し、自分の認識と相違がないかをチェックしましょう。
もし発行されていない場合は、労働条件通知書の発行を明確に要求する必要があります。
労働基準監督署に相談する
企業に依頼しても対応してもらえない場合や、直接聞きにくい場合は、労働基準監督署に相談する方法があります。
労働基準監督署は、労働基準法などに基づいて企業を監督・指導する公的機関です。
匿名での相談も可能で、労働者を守るための助言をしてくれます。
相談するための手順は、以下のとおり3種類あるので、自身の状況に合わせて適切な選択肢を選びましょう。
【直接訪問して相談する】
地域の労働基準監督署に、直接出向いて相談する方法です。
事実関係を証明できる資料(求人票、メールのやり取りなど)を持参すると、より具体的で的確なアドバイスを受けられます。
【電話で相談する】
労働基準監督署の窓口、「総合労働相談コーナー」、厚生労働省が設置する「労働条件相談ほっとライン」などに電話で相談する方法です。
「労働条件相談ほっとライン」は、平日夜間や土日にも対応しており、匿名で気軽に専門家の助言を得られます。
まず何から始めればいいか分からない場合に、第一歩として活用するのがおすすめです。
【メールで相談する】
「労働基準関係情報メール窓口」と呼ばれる送信フォームを使って、メールで労働基準監督署への情報提供を行うこともできます。
24時間いつでも送信できるため、日中の相談が難しい場合にも便利です。
ただし、返信には時間がかかることが多く、個別具体的な内容への回答は得にくいとされています。
有益な助言を得たい場合は、訪問か電話での相談を選びましょう。
まとめ
雇用契約書がもらえない場合、それ自体はただちに違法となりませんが、法的に義務付けられた「労働条件通知書」は必ず発行されます。
雇用契約書で労働条件を確認することで、「言った・言わない」のトラブルを防ぎ、自分自身の権利を守ることが可能です。
まずは、企業の人事担当者などに発行を丁寧に依頼し、それでも対応してもらえない場合は、労働基準監督署などの専門機関へ相談することを検討しましょう。