【介護コラム】勝ち逃げー第6話ー

第6話
ある日、本人が訪問時間を勘違いしていることがあった。基本的に毎日の訪問時間は揃えてあったが、シフトの都合で一日だけ15分ほどずれている曜日があった。
入室して早々に「何時だと思ってるんだ」と怒鳴られた私は、冷静に事情を説明した。
物事の筋が通っている以上、イライラのぶつけようがなくなったIさんは「そうですか、ではどうぞ始めて下さい」と言うと、それっきり私のことを無視するようになった。
献立を聞いても回答はなく、こちらを見てもくれない。仕方なく、無難と思われる献立で食事を用意し、そっと本人の前のテーブルに配膳してみると、テレビを見ながら無言で食べ始める。
食べ終わると、見向きもしないまま食器だけを私の方へ押しやってきたので、そっと下膳し後片付けを済ませた。
記録を書いている間も、薬の残量を数えている間もIさんはテレビの画面だけを見つめ続け、帰り際に退室の挨拶をしても、一切返事はなかった。
何がなんだか分からないまま、重い足取りで家を出て、「ああ、これで出入り禁止になるんだろうな」と思ったとたん、悔しさと疲れが頭の中でごちゃ混ぜになり、ぎゅうっと胸が締め付けられるような思いがした。