【介護コラム】勝ち逃げー第7話ー

第7話
なぜかは分からないが、その後も私はIさんのケアに入り続けた。「好き嫌いははっきりしている人だから、駄目ならとっくに連絡が来ているはず」と先輩には言われた。
日が経つにつれ、多少、言葉を交わしてくれるようになったものの、必要最小限にも満たないほどのやり取りで、ケア中のほとんどの時間を、私はまるで透明人間のように過ごしていた。
当初の予定では、お互いすっかり打ち解けて、訪問が楽しみになっていたはずなのに。
その当時の私は介護支援専門員の試験を控えていた受験生でもあり、ケアとケアの合間の時間を、許される限り図書館等での勉強に当てていた。
ある時、勉強を終えて次のケアに向かう途中で、偶然、散歩中のIさんに出会った。
末期がんではあるものの、疼痛コントロールがある程度上手くいっていたので、気持ちさえ乗れば歩行器頼りに外に出ることもできるIさんは、部屋で見るよりもずっと顔色が良く見え、元気そうな様子だった。
比較的遠目にその姿に気付いたので、直ぐに引き返すことも出来たはずだが、なんとなくそんな気になれず、そのままIさんの方へ自転車を漕ぎ進め、片手を振りながら、自分から声を掛けていた。