介護現場における人間関係の悩みとは? 〜より良い職場環境を目指して〜

介護職員の約3割が「職場の人間関係」を理由に退職を選択している現状は、個人レベルの問題を超えた業界全体の課題を示しています。多職種との連携や世代間の価値観の違い、慢性的な人手不足など、複数の要因が絡み合い、職場の人間関係に大きな影響を与えています。
さらに介護サービスの高度化に伴い、より密接なチームワークが求められる中で、この課題はますます重要性を増しています。本記事では、介護現場特有の人間関係の課題とその背景について、具体的な事例を交えながら解説します。
なぜ介護職場で人間関係のトラブルが起きやすいのか?
介護の現場の人間関係の難しさには、特有の背景が存在します。
それは、異なる専門職との密接な連携の必要性、慢性的な人手不足による業務負担の増加です。
「きらケア介護白書2022」の調査によると、介護職員の3割が職場の人間関係を理由に退職を選択しており、この数字は他業種と比較しても際立って高い水準となっています。この背景には、介護現場特有の複雑な要因が存在します。
出典:きらケア介護白書2022
多職種連携による課題
介護職員は、日々の業務の中で様々な専門職との協力が不可欠です。看護師、理学療法士、作業療法士、ケアマネージャーなど、それぞれの専門性を持つ職種との連携においては、情報共有の不足や専門性の違いにより連携の難しさが生じることがあります。
例えば、利用者の状態変化に関する情報が適切に共有されないケースが挙げられます。介護職員が日常生活の中で気づいた利用者の変化(食欲低下や活動量の減少など)が看護師や医師に迅速に伝わらないと、必要な医療的対応が遅れる可能性があります。逆に、医療職からの指示内容が介護職に正確に伝わらず、ケアの一貫性が損なわれることもあります。
また、情報共有の場においても、職種ごとの専門的視点の違いから意見の相違が生じることがあります。リハビリ専門職は機能回復を重視する視点から「できることは自分でしてもらう」介助方法を提案する一方、介護職は日々の生活リズムや業務効率の観点から介助量を調整したいと考えるなど、同じ利用者に対しても異なるアプローチが生まれることがあります。
これらの違いを調整し、利用者にとって最適なケア方針を見出すためには、定期的な情報共有と丁寧な意見交換、さらには一貫性のある意思決定プロセスの構築が重要となります。
人手不足による心理的影響
介護業界全体で深刻な問題となっている人手不足は、職場の人間関係にも大きな影響を及ぼしています。厚生労働省の調査によると、2025年には約34万人の介護人材が不足すると予測されており、この状況は今後さらに深刻化する可能性があります。
人手不足による業務負担の増加は、職員の心身の疲労を蓄積させ、些細なコミュニケーションの行き違いが大きな問題に発展しやすい環境を生み出しています。
特に深刻なのは、新人教育に十分な時間を割くことができず、新入職員が職場に馴染めないという問題です。このような状況は、職場全体の雰囲気を悪化させ、さらなる離職を招くという悪循環を生む可能性があります。
介護現場の人間関係の具体的な課題
介護の現場では、同僚、利用者、そして利用者の家族という3つの異なる関係性において、様々な課題が生じています。これらの課題は介護サービスの質に直接影響を与えるだけでなく、職員の精神的負担を増大させる要因ともなっています。
同僚との関係における問題点
同僚との関係性は、職場環境の質を大きく左右する重要な要素です。特に顕著な問題として、新人職員の職場適応の困難さが挙げられます。
未経験で入職した職員は、介護技術の習得に苦心するだけでなく、既存の職場文化への適応にも大きな課題を抱えています。例えば、先輩職員から指導を受ける際、質問のタイミングや方法が分からず、必要な情報を得られないまま業務を継続せざるを得ない状況に陥ることがあります。
また、長年勤務しているベテラン職員が形成する独自の人間関係も、新人の職場適応を妨げる要因となることがあります。特に、パートタイム職員として長期勤務しているスタッフの中には、新人に対して威圧的な態度を取るケースも報告されており、これが職場の雰囲気を悪化させる一因となっています。
さらに、職場内での情報共有の不足も深刻な問題です。交代制勤務による直接の引き継ぎの困難さは、重要な情報の伝達漏れを引き起こし、業務上のミスやトラブルにつながることがあります。
利用者との関係構築の難しさ
利用者との関係構築は、介護の質を決定づける重要な要素です。しかし、この関係性の維持には様々な困難が伴います。
特に認知症の利用者との関わりでは、日々変化する症状や行動への対応に苦慮することが多々あります。同じ職員が継続的にケアを提供していても、その日の体調や気分によって反応が大きく異なることがあり、一貫した関係性の構築が困難になることがあります。
また、認知症に起因する攻撃的な言動や行為に遭遇することもあります。このような状況は、職員の心理的負担を増大させ、モチベーションの低下につながる可能性があります。
家族との関係維持の課題
利用者の家族との関係維持は、介護サービスの質を確保する上で重要な要素でありながら、最も対応が難しい課題の一つとなっています。
家族からの要望は多岐にわたり、時には施設の体制や人員配置の都合上、対応が困難なものも含まれます。例えば、「特定の職員による介護を希望する」「時間外の面会を希望する」といった要望に対して、施設の運営方針との折り合いをつける必要があります。
また、利用者の状態変化に対する家族の受け入れが難しい場合もあります。特に認知症の進行に伴う変化について、家族の理解を得るためには、丁寧な説明と継続的なコミュニケーションが必要となります。
職場環境を改善するための具体的な取り組み
介護現場における人間関係の改善には、個人と組織の両面からの包括的なアプローチが必要です。それぞれの立場で実践できる具体的な取り組みについて、現場の実態に即して解説します。
個人レベルでできること
職場環境の改善は、一人ひとりの意識と行動から始まります。日々の業務の中で実践できる具体的な取り組みが多くあり、それらの積み重ねが職場全体の雰囲気を変える力となります。
日常的な感謝の気持ちの表現は、職場の雰囲気を大きく変える力を持っています。「ありがとう」という言葉を意識的に使うことで、相手との関係性が徐々に改善されていきます。特に、困難な状況での助けや、通常業務での協力に対する感謝の気持ちを率直に伝えることが重要です。業務の引き継ぎ時の丁寧な説明、突発的な事態での支援、新しい知識や技術の共有など、日々の様々な場面で感謝の気持ちを表現することが効果的です。
また、適切な距離感を保つことも重要な要素です。プライベートと仕事の線引きを明確にしつつ、必要な情報共有は確実に行うというバランスが求められます。特に、職場内での噂話や個人的な批判は避け、建設的なコミュニケーションを心がけることが大切です。
組織として取り組むべきこと
組織レベルでの取り組みは、職場環境の改善に大きな影響を与えます。特に重要なのは、教育体制の整備と適切な人員配置です。
新人教育においては、段階的な指導プログラムの構築が効果的です。基本的な介護技術の習得から始まり、実践的なケアスキルの向上、専門的知識の習得、そしてリーダーシップスキルの育成まで、計画的に学べる環境を整えることで、新入職員の不安を軽減し、早期離職を防ぐことができます。また、指導する側の職員に対しても、適切な教育方法や心構えについての研修を実施することが重要です。
人員配置については、各職員の経験や適性を十分に考慮した配置が求められます。特に、ベテラン職員と若手職員のバランスを考慮し、知識や経験の伝達が自然に行われる環境づくりが大切です。また、夜勤帯での経験者の適切な配置や、特定の職員への業務集中を防ぐなど、きめ細かな配慮も必要です。
コミュニケーション改善のポイント
職場でのコミュニケーションを改善するためには、具体的な仕組みづくりが重要です。これは単なる形式的な取り組みではなく、実質的な情報共有と相互理解を促進するためのものでなければなりません。
定期的なミーティングの開催は、情報共有の基本となります。ただし、単なる業務連絡の場ではなく、職員が自由に意見を出し合える雰囲気づくりが重要です。現場での課題や改善案について、立場に関係なく発言できる機会を設け、具体的な課題解決につなげていくことが効果的です。
また、記録や申し送りの方法についても、効率的かつ確実な情報伝達ができるよう、システムの整備が求められます。デジタル機器の活用や標準化された記録フォーマットの使用など、職場の実情に合わせた方法を選択することが重要です。特に重要事項については、確実な伝達方法を確立し、情報の途切れや齟齬が生じないよう注意を払う必要があります。
人間関係改善のためのNG行動と推奨される対応
介護現場における人間関係の改善には、自身の言動を適切にコントロールすることが不可欠です。特にストレスが高まる状況下では、感情的な反応を抑制し、専門職としての冷静な対応が求められます。ここでは、人間関係を悪化させる行動とその改善策について具体的に解説します。
感情的な行動の制御
介護の現場では、業務の忙しさやストレスから感情的になりやすい状況が多く発生します。しかし、一時的な感情の発露は、長期的な信頼関係を大きく損なう可能性があります。
例えば、業務の引き継ぎ時に情報が不足していた場合、前任者を責めるのではなく、必要な情報を冷静に確認する姿勢が重要です。また、利用者からの厳しい言葉に対しても、感情的な反応を抑え、専門職として適切な対応を心がける必要があります。
職場でのフラストレーションを周囲にぶつけることは、最も避けるべき行動の一つです。困難な状況に直面した際は、一旦深呼吸をして気持ちを落ち着かせるなど、自己コントロールの技術を身につけることが大切です。
建設的な対話の方法
人間関係の改善には、建設的な対話が不可欠です。まず重要なのは、相手の話をしっかりと聴く姿勢です。話を遮ることなく、相手の意見や感情を受け止めることから始まります。
対話の際は、具体的な事実に基づいて話を進めることが効果的です。「いつも」「絶対に」といった極端な表現を避け、特定の出来事や状況に焦点を当てて議論を進めることで、より建設的な解決策を見出すことができます。
また、自分の意見を主張する際も、一方的な押し付けではなく、相手の立場や状況を考慮した表現を心がけることが重要です。「〜してはどうでしょうか」「〜という方法もありますが、いかがでしょうか」など、相手の意見を引き出す表現を用いることで、より良い対話が可能になります。
相手の立場を考えた考え方
介護現場では、様々な立場の人々と関わることから、相手の視点に立って考えることが特に重要です。例えば、新人職員が業務に戸惑っている場合、自身が新人だった頃の経験を思い出し、適切なサポートを提供することが求められます。
また、利用者やその家族との関係においても、その人の生活背景や心情を理解しようとする姿勢が大切です。特に、認知症の方との関わりでは、その方の世界観を理解し、寄り添う視点が必要です。
記録を活用した振り返り
日々の業務における対人関係の課題を改善するためには、具体的な記録を取り、振り返りを行うことが効果的です。特に困難な場面に遭遇した際は、その状況と自身の対応を記録に残すことで、より良い対処方法を見出すことができます。
記録には、以下のような点を含めることが推奨されます。
- 具体的な状況や場面の描写
- 自身の感情や反応
- 相手の反応や発言
- 結果として生じた影響
- 改善のためのアイデア
これらの記録を定期的に見直すことで、自身の対応パターンを認識し、より適切な対応方法を学ぶことができます。また、同様の状況が発生した際の参考資料としても活用できます。
まとめ
介護現場における人間関係の課題は、業界全体で取り組むべき重要なテーマとなっています。介護職員の退職の背景には、多職種連携の必要性、世代間の価値観の違い、慢性的な人材不足など、様々な要因が複雑に絡み合っています。
これらの課題に対しては、個人と組織の両面からのアプローチが不可欠です。個人レベルでは感情的な行動を制御し建設的な対話を心がけること、組織レベルでは教育体制の整備や適切な人員配置など、具体的な施策を実施することが重要です。
介護現場における人間関係の改善は、一朝一夕には実現できません。しかし、個人と組織が協力しながら、継続的に取り組んでいくことで、より良い職場環境の実現が可能となります。それは、職員の働きがいを高めるだけでなく、利用者へのより質の高いケアの提供にもつながっていくでしょう。