【介護コラム】その日が一日でも先であるようにー第5話ー

グループホームに住む認知症の男性とヘルパーとの実話

しばらくして注文の品が運ばれてきたが、普段なら皆が揃うのを待てずに食べ初めてしまうT氏が一向に箸をつけようとしない。温かいうちにどうぞと声を掛けると「いやあ、胸が一杯で食べられませんな」と言った。思わず奥様と目を見合わせた。
T氏の認知症の症状は進行している。普段は会話もほとんど成立しないのだが、思い出の地を大切な人と訪れ、なにか蘇って来るものがあったのかもしれない。後にも先にも、このデートの最中で唯一会話らしい会話が成立したのはこの時だけだった。こみ上げてくるものを抑えながら、コクンコクンと頷き続ける奥様。結局ほとんど食べられず、勧められたT氏分の天ぷらそばを食べながら、私も少し目頭が熱くなっていた。
感動のデートから半月ほどが過ぎ、T氏は徐々に体調を崩していった。元々、高血圧症状があったがこの頃は、200を越えたかと思うと5分後には100代の前半になったり、短時間のうちに急上昇急降下を繰り返すようになっており、何か動きのあることをする度に前後で血圧測定を行ない、場合によっては舌下の降圧剤を使用して対応していた。いつ何があってもおかしくない状況である。早急に支援目標の見直しをすることになった。

 

CURATOR
コラム著者/佐近健之 (介護支援専門員・介護福祉士・社会福祉士)
東京都出身。介護現場経験を経て、現在は介護人材の教育を担当しています。
音楽好きのビール党です。
Illustrator/エム・コウノ
千葉在住。デイサービススタッフとして勤務しています。
休日はイラスト、マンガ描いてます。似顔絵などイラストのご相談承ります!