【介護コラム】勝ち逃げー第4話ー

第4話
事前に何度も読み返した手順書を四つ折りにしてズボンの後ろポケットにしまい、キーボックスから鍵を取り出しながら、音を立てないように深呼吸を一つ。
「大丈夫、大丈夫」と自分自身に何度も言い聞かせ、時間を見計らって玄関の鍵を開けた。
気のせいと思いながらも、Iさんに感じた違和感を完全に払拭しきれずにいた私は、いよいよ迎えた一人立ちの日に、しっかりと緊張していた。やるべきことも必要な物品の場所も全て頭に入っている。ケアを充当させるだけなら問題なく出来る。それなのに、Iさんに向き合う自信だけがどうしても湧いてこなかった。
そして、私のその心の揺れを、Iさんはしっかりと見抜いていたに違いない。精一杯冷静を装いながら挨拶を済ませた私に、Iさんは無表情のまま一瞥をくれただけだった。
何が食べたいかを伺うと「何が、の前に残っているものを教えろ」「フランス料理って言えばそれが出て来るのか?」「冷蔵庫の中の確認もしないで適当なこと言うんじゃねえよ」と、ごもっともな回答が返ってきた。